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ビリヤード CUE’S



ワールドビリヤードマガジン
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ビリヤードの起源 紀元前400年頃 anchor.png

ギリシャで、戸外で丸い石と円錐形のものを地面に置き、 先の曲がった棒で丸い石を突いて円錐形のものへ当てる競技が行われていた。クロッケー/ゲートボールに近い。


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室内ビリヤードとしての発展 1100~1600年頃 anchor.png

これまで戸外で行われていたビリヤードに似た競技が室内で行われるようになりました。 ヨーロッパ各地で、次第に同じ形式の室内競技へと改良され、 枠のあるテーブルの上で、球と球を当てて得点を競うゲームや、 球をテーブル上に設置したゲートに通して穴に落とすゲームが考案されました。 これらの経緯には色々説があります。

・スペイン説
十字軍の間で当時流行っていたクロッケーのようなスポーツが東方からヨーロッパに持ちこまれて改良された。

・イギリス説
国技であるクリケットが室内用に改良された。

・フランス説 1571年
チャールス9世の王室芸術家であったド・ビニーがチャールス9世を喜ばせるために考案した。

チャールス9世がビリヤードによく似た遊びをしている絵が見つかっていることから、この3説のうちでは、フランス説が最も有力である。

14世紀頃からビリヤードはヨーロッパの宮廷で流行していました。 フランスのルイ11世は既にビリヤードテーブルを持っていたと言われ、 ルイ14世は、医者の勧めで健康のためにビリヤードをしたという記録も残っています。 その他、シャルル9世、ルイ16世、イギリスのジェームズ1世、スコットランドのメリー・スチュアートなども熱狂的にビリヤードを楽しんだと言われています。 この頃は貴族の間で楽しまれていました。


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アメリカでの発展 1560年~ anchor.png

アメリカ大陸に初めてビリヤードが伝わったのは、1560年にスペイン人から伝わったと言われています。 また、もう一つの説で18世紀にイギリスの派遣守備隊が、ニューヨークの集会所にビリヤードの器具を持ち込んだのが始まりともいわれています。


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ポケットビリヤードの発展 1700年~1800年頃 anchor.png

イギリスでテーブルの形が長方形となり6個のポケットを設けるようになりました。 器具の改良が盛んとになり、木製台から大理石・スレートとなりました。 フランスで2個の球に赤球1個を加え三つ球として球を他の2個に当てるゲームが考案されました。

アメリカのマンハッタンに最初のビリヤード場が開店しました。 そして1850年代、ポケットビリヤードはアメリカで大流行しました。 アメリカの歴代大統領のなかでも、ジョージ・ワシントン、アブラハム・リンカーン、トーマ ス・ジェファーソン、ジョン・クィンジ・アダムスなどがビリヤードを楽しんだといわれています。


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チョークの発明 1818年 anchor.png

これまでのキューは木の棒の先を丸く削っただけのものでした。 キュー先が滑りやすく、少しでも球の中心を外れると「カツンッ」とキューミスしていたと思われます。 手球に回転を加えることができないため、押し引き、ひねりといった技術はこの時代にはまだありませんでした。 1818年、イギリスのジャック・カーは、ミスショットを防ぐ研究を行い、キューの先に白墨の粉を塗ることで、 キュー先の滑りを防ぎ、球に回転を加えれることを発見しました。ジャック・カーは、この粉を「マジック・パウダー」と命名しました。 そして自ら引き球やひねりを実演し、ビリヤード界に一大センセーションが巻き起こりました。 ひねりのことをイングリッシュともいうが、その由来はここにある。 そのマジックパウダーがただの白墨の粉だと解った頃には少ないながらも財を残したそうです。


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タップの発明 1820年代後半 anchor.png

チョークの発明の約10年後、フランスのマンゴーがキュー先に弾力性のある革片を取り付けてマジックパウダーを使用することで、 より強力な回転をかけることを発見しました。この結果、誰も知らなかった驚くべき玉の回転が可能となり、 チョークの発明以上のセンセーションを巻き起こす事になりました。 チョークとタップの発明によりビリヤードの技術の幅が一気に広がりを見せました。


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プラスチック製の球の発明 1869年 anchor.png

初期の頃の球は石や木で作られ、後になって粘土で作られるようになりました。 1800年代中頃、アメリカでビリヤードが大流行していた当時には、球は象牙で作られていましたが、 象牙の需要が高まり乱獲され象の数が激減し高価になりました。 1頭の象牙で球8個ほどしか作れなかったようです。 また象牙の球は真球を保つためにメンテナンスが欠かせず、品質自体も不安定でした。
そこで、ビリヤード産業に関わる人々は懸賞金を掲げ、象牙に代わる球の素材を広く募集しました。 ニューヨークに拠点を置くビリヤードボールのメーカー「Phelan&Collender」社から1万ドルの懸賞金が用意されました。
1869年、印刷業のジョン・ウェスリー・ハイアットは賞金を獲得すべく熱心に実験を始めた1人でした。 あるときハイアットは、実験中にコロジオンという木綿を化学処理し溶剤に溶かした液体の入ったビンを倒し、液をこぼしてしまいました。 彼は液がこぼれたことに気づかず、翌朝、こぼれたコロジオンが机の上で硬くなっているのを発見しました。 この発見がきっかけとなり、新しい素材の球を作ることに成功したのでした。 あまり知られていませんが、これが世界で初めてのプラスチック製品となります。 ハイアットは「プラスチック産業の祖父」と呼ばれています。


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